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【日本の名カメラマン】 マイケル・ジョーダンの劇的シーズンを、密着撮影した男

世界最高峰のプロバスケットボールリーグNBAで、今もなお‟神様”とたたえられるマイケル・ジョーダン(57)。「現役最終年」といわれ、劇的な優勝を飾った1997-98年シーズン、ジョーダンに密着した日本人カメラマンがいた。小池義弘氏(59)だ。世界中から取材申請が殺到する中、なぜ小池氏は密着撮影をすることができたのか。ファインダー越しに見た神様の素顔とは――(取材・文:青木美帆/Yahoo!ニュース 特集編集部)

※本文写真でクレジットのないものは、すべて小池氏撮影

ドキュメンタリー放映でファン熱狂

ジョーダンは、世界中がステイホームを余儀なくされた今春、多くの人々を再び熱狂させた。

4月から5月にかけて、動画配信サービス「Netflix」は、シカゴ・ブルズが最後に優勝を飾った1997-98年シーズンまでを追跡したドキュメンタリー10部作『マイケル・ジョーダン:ラストダンス』を放映した。

1997年のジョーダン

反響はすさまじく、アメリカ国内だけで累計1億2千万人が視聴し、国外でも2300万人以上が見入った。弱小だったブルズに6度の優勝をもたらした‟神様”の姿は、アフター・ジョーダンの世界しか知らぬ若い世代にも鮮烈なインパクトを与えた。

小池氏は、このシーズンのブルズとジョーダンを密着撮影した日本人カメラマンだ。『ラストダンス』でも、コート脇でカメラを構える小池氏の姿がたびたび映り込んでいる。

このシーズン、小池氏はブルズのホーム試合のほぼ全てを撮影。さらにプレーオフは全21試合を撮影した。ジョーダンがラストショットを決めて、劇的な優勝を飾った6月14日のファイナル第6戦も、コートサイドにいた。

1998年6月、ユタ・ジャズとのNBAファイナル

「なぜ、そのようなことが可能だったんですか?」という問いに「たまたまじゃないですか」と笑った小池氏。しかし話を聞いていくと、世界最高峰の現場で認められた男の確かな腕と、ほとばしるような熱意が見えてきた。

異色の経歴

小池氏は、高校卒業後に京都の社会人野球で4年間プレーし、料理人を経てプロカメラマンになった異色の経歴をもつ。写真の専門学校に通ったことはない。社会人時代に趣味で写真を撮っていたところ、知人から「自分が出走するオートバイのレースを撮ってほしい」と言われ、レース場に足を運ぶようになった。

被写体は、最高時速300キロで爆走する小さなバイク。素人カメラマンが一朝一夕で撮れるものではない。小池氏が最初に撮った写真も、ピントがボケたりブレたりしていた。しかし、野球で鍛えた動体視力が物を言ったのか、バイクは確実に写真中央に収まっていた。「みなさん、あれはかなりびっくりしてましたね」と小池氏は懐かしげに振り返る。

1988年に撮影した「全日本ロードレース最終戦、MFJグランプリ」の平忠彦選手

専門誌を読みあさり、現場のカメラマンの技術を見よう見まねで取り入れながら、小池氏は腕を磨いた。気づけば、高度とされる‟流し撮り”を自在に表現できるようになり、周回するバイクをマニュアルフォーカスで追いかけ続けるという超絶テクニックも身につけていた。

23歳で会社を退職し、実家のレストランで料理人をしながら撮影を続けていたが、めきめきと実力をつけていく小池氏を編集者が放っておくはずもなかった。小池氏もカメラマン一本で勝負することを決めた。29歳の時だった。

1990年に撮影した鈴鹿8時間耐久レース